学校長ブログ

 「17年ゼミ」ってどんなセミ? 
 
 
 
 そう呼ばれているせみがいること、ご存知でしたか?
 
 私は、先日、あるテレビドラマで「17年ゼミ」という言葉を耳にしました。「17年ゼミ」って何だろうと疑問に思い、調べてみました。簡単にまとめると、以下の通りです。
 
 
    
 13年あるいは17年周期でしか発生しないセミたちなので、「素数ゼミ」ともいうなんて、自然の摂理の不可思議さを感じました。残念ながら、日本には生息していない蝉ですから、「みんなで登山」をお読みの皆さんも、もしかしたら「17年ゼミ」という言葉が初耳かも知れませんね。ところが、テレビドラマでは、理科好きの中学生が「17年ゼミの研究発表」をしたという設定でした。
 
 
 
 私は、「17年ゼミ」(「知」)つまり、自然の摂理の不可思議さよりも思いを新たにしたことがありました。そこで、今回のブログでは、そのテレビドラマの台詞せりふを取り上げることにしました。
 
 
 以前、映画の台詞を取り上げたことがあります。
 もしご興味のある方がいらっしゃれば、以下をクリックしてみてください。
  ≪2018/05/17【校長ブログ】「頑張れ」という言葉よりも…≫
 
 
 
 「僕は子どものころ、人と同じようにできなくて学校で先生に怒られてばっかりでした。」
 
 「僕を馬鹿ばかにしたような人たちがいて学校は大嫌いでしたが、理科は大好きでした。中学の時、理科クラブに入りました。」
 
 「ある時、理科クラブで17年ゼミの研究発表をして、みんなにすごいっていわれましいた。先生にも褒められました。そんなことは初めてでした。」
 
 「凄いといわれるのが嬉しくてもっと凄いといわれたいと思いました。凄いといわれたいから理科クラブを続けました。僕を馬鹿にした人たちを見返してやりたいとも思いました。」
 
 「最初は楽しかったです。でも、生き物のことだけは誰にも負けたくないと思っているうちに、凄いことをやらなきゃって思うようになりました。」
 
 「そしたら、生き物の観察が楽しくなくなりました。辛くなりました。」
 
 
 
 「寝るときイーってやっても眠れなくなりました。」
 
 「僕の祖父はやりたいならやればいい。やらなきゃって思うなら辞めればいいといいました。」
 
 「笑っていいました。」
 
 「理科が出来てもできなくても僕はいてもいいんだなって思いました。
 
 「そうしたらよく眠れるようになりました。生き物の観察をまたやりたいって思いました。」
 
 「僕は、やれないことがたくさんありましたが、いまもありますが、やりたいことがやれて有り難いです。
                              (テレビドラマ『僕らは奇跡でできている』)
   
 
 
 学校は木枯らしや北風が吹くところではありませんよ。
 この台詞から「知っているだけの人は、好きな人にはかなわない。好きなだけの人は、楽しんでいる人にはかなわない」(論語の教えの「知・好・楽」)ものなのだなという思いを新たにしました。
 
…みんなで登山

 高校2年生の修学旅行が以下の日程で行われ、引率して参りました。
 
 期 間…11月9日(金)~11月14日(水)
 旅行先…オーストラリア(シドニー)
 
 
 
 「Kogaroo」(コガルー)ってなに?
 
 「Kangaroo」の表記ミスですか?
 
 いえいえ、熱~い思いと深~い考えから生まれた言葉???
 
 
 「コアラ」の「ko」と「カンガルー」の「garoo」を併せてショップ名になったんですよ!」
と副社長の山田武嗣さんが教えてくださいました。
 ショップは、シドニータワー・アイ側、あるいはMARKET ST(マーケット・ストリート)とPITT ST(ピット・ストリート)の交差点側にあります。そこから直ぐオレンジ色の看板が飛び込んできます。
 
 
 ショップ名は社長さんのご発案だったのかも知れませんが、ショップ名を「熱~い思いと深~い考えから生まれた言葉」と勝手な解釈をして記事にしていますが、私にはそう表現する必然性? があったんですよ。
 
 
 
 山田さんは、永住権を取得して20年ほどになるそうです。
 山田さんには奥様と3人の娘さんとがいらっしゃるそうです。上の娘さんは日本の大学に進学を希望しているとのことでした。奥様はロシアへバレー留学をしたご経験があり、今はバレーの先生をしているんだそうです。
 山田さんは大学を卒業して直ぐに剣道を教える目的でオーストラリアに来られたそうです。「英語のできないおまえが、大丈夫か」と恩師に言われたとおっしゃっていました。
 
 
 私  「海外で暮らすために必要なことは何ですか」
 
 山田 「勇気、思いっきりの良さ、自分をしっかり持つことですね!」
 
 山田 「日本を長く離れると車や家電・日本のアニメのクオリティの高さなど、当たり前の日本製のものの素晴らしさを再認識しますね。だから海外の人に日本製品は素晴らしいと言われると思います。日本人のホスピタリティの素晴らしさ。日本食の素晴らしさ。日本人は難しい言語(日本語)を習得している。
 日本人がそう評価されていることは、日本に生まれた自分を誇らしく思います
 
 私  「今、永住権を取得できますか」
 
 山田 「今は大変難しいですね。特別な技術力があり現地のオーストラリア人にその技術を教えるスキルが無い限りは、今のオーストラリアの政権では移民による永住権の取得は大変難しくなってますね。
 オーストラリアの男性は日本人女性を高く評価していますので、日本人女性には永住のチャンスはあると思いますよ!(笑)
 
 私  「お休みの時はどのように過ごしていますか」
 
 山田 「よく釣りに行きますね。シマアジやかつお・アオリイカ・ヒラマサなども釣れます。早朝出かけて家族が起きる頃には帰宅します。釣果があると家族みんなが喜んでくれ食卓が盛り上がりますね。
 オーストラリアは、魚釣りに免許が必要でルールが大変厳しく、規定以下のサイズの魚を持って帰ると高額な罰金対象になります。自分も一度1cmサイズが小さくて注意を受けたことがあります…」
 
 
 
 一緒にお寿司を食べ、コーヒーを飲みながらお話を聞かせて頂いたのですが、話を伺いながら「山田さんはvividだな」と胸が熱くなりました。
 
 聞かせて頂いたお話から私が想像する山田さんの人生とショップ名とが結びつき、「熱~い思いと深~い考えから生まれた言葉」とせずにはいられなかったのだと思っています。
 
…みんなで登山

 現在、スポーツ・ジャーナリストとして活躍している増田明美さんのインタビュー記事が『PHP 12』に掲載されていました。タイトルは、「『言葉の力』で不安は消える」。
 
 
 
 「いい言葉」として次の言葉を挙げていました。
 
 「知・好・楽」?
 
 
 
 これは論語の言葉で「知っているだけの人は好きでやっている人にはかなわない。好きでやっている人も楽しんでやっている人にはかなわない。」という意味。
 
 
 
 更に、
 
 「失意泰然得意淡然しついたいぜんとくいたんぜん」?
 
 
 
 これは「物事がうまくいかないときはあせらず、落ち着いてチャンスを待ち、うまくいっているときはおごらず、つつましい態度でいるべきだ」ということ。
 
 
 
 増田さんによれば、どういう意味で「いい言葉」なのかというと、自分を支えてくれた言葉だということです。
 
 
 
 あなたは自分を支える言葉をお持ちですか?
 
 
 
 先日、高校3年生のあるクラスの「学級日誌」に受験に向け自分を鼓舞する言葉が書かれていました。どんな言葉がその生徒を支える言葉になるのか?  しばし考え、マザーテレサの言葉を引用することにしました。
 
 
   神様は私たちに、
 
   成功してほしいなんて思っていません。
 
   ただ、挑戦することを望んでいるだけよ。  
  
 
 山を登り切れば、登った人だけが見ることのできる風景があるぞ!
…みんなで登山

 「東方浄瑠璃浄土薬師瑠璃光如来」。
 
 
 
 これって、通称、何と呼ばれている仏さま? 「医王如来」とも呼ばれるそうですよ。
 
 
 
 そうですね。
 冒頭の14の漢字で表される仏さまは、私たちの身と心の病気を救ってくださる「薬師如来」の本名ということですね。
 
 実は、10月31日(水)から二泊三日で、中学3年生の修学旅行の引率で、「京都・奈良」へ行ってきました。「薬師寺」(奈良)での法話で取り上げられた話題の一つでした。
 
 
 
 「薬師如来の右が日光菩薩、左が月光菩薩。この2つの菩薩は、いわば看護婦だ。まだ人間味を残しているから多少の飾り物を身につけているんだ」
 
 このことも印象深かったお話でした。
 
 
 
 更に続けると、
 
 「塔はみな、お墓である。誰のお墓か?」
 
 「仏陀」
 
 「『仏陀』はお坊さんの総称だぞ」
 
 「釈迦!」
 
 「うん、あってるんだけど、呼び捨てやめよ。
 上から目線はやめよ。
 敬意を払って呼ぼうな。『お釈迦様』。
 インドにあるお釈迦様のお墓、ストゥーパーと呼ぶんだぞ」
 
 (写真は「八坂の塔」)

 
 
 最後にもう一つ。
 
 「俺の話が面白いかどうかは君たち次第だぞ」
 
 「俺のせいにするな」
 
 「面白いと思うかつまんないと思うかは自分で勝手に判断しているだけ」
 
 「今の子どもはそれをみんな人のせいにするよな」
 
 「勉強、考えてみな」
 
 「数学だって英語だって、やっていて面白いなと思って聞いていたりつまんないと思って聞いていたりするだろ」
 
 「たいがい、面白いと思って聞いている生徒は点数が良いんだよな。つまんないと思って聞いている生徒が点数、悪い。だいたいそうだろう」
 
 「でも、人のせいにするだろう。先生が悪いだとか教え方が悪いだとかな」
 
 「なぜ、人のせいにするんだ。それは楽だから」
 
 「仏教では奇跡ということはないんだぞ。結果に対しては必ず原因というものがあるんだぞ」
 
 
 
 
…みんなで登山

 ちょっとの勇気で、「魔法の力」になるもの、なあに?
  
  
  
 それは「あいさつ」(の言葉)です。
  
  
  
 そうだよね。「挨拶は時の氏神」っというものね。
  
 いや、それは違うよ。そこでいう「挨拶」は簡単にいうと「仲裁のこと」なんだ。
  
 そうなんだ。では、どうしてちょっとの勇気で、「魔法の力」になるものが「あいさつ」なの。
  
 実は、こんな歌があるんだよ。抜粋してみよう。
  
 
  
 確かに、家庭でも学校でも朝、「おはよう」って声かけられると「いい気分」になるよね。
  
  
 都内の小学校では、「あいさつ」をモチーフにした音楽劇を通じて心と心のふれ合いの大切さを伝えているようです。
  
  
 さて、本日のブログは、ここからが本論? になるんです。
  
  
  
 日々、問いかけ続けています、鍛え続けています、「こころ」のありようを!
  
  
  
 日々、「問い続け鍛え続けている『こころ』のありよう」とは、
本校における教室での朝礼の風景のことなんです。
  
  
  
 教室での朝礼は、「黙想」→「挨拶」→「倫理カレンダー」と流れていきます。
 例えば、先月25日の「倫理カレンダー」は、
  
挨拶は人を尊重する心の表現
  
という言葉です。
 「問い続け鍛え続ける」言葉を、日替わりで唱和しています。
 
  
   
 あるクラスでは、2人の生徒が黒板の前に立ち、その日の言葉を詠います。間髪を入れず、全生徒が続けて詠います。
  
  
  
 教室の「朝礼」というわずかな時間の中でも、伝統に寄り添いつつ「生徒の主体性を育む教育」が実践されていることに、改めて貞静学園の教育の深みを感じました。
  
「え、どうして今、そんなことを記事にするか」って?
先日、担任代行をしたんです。
  
…みんなで登山

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